社会保険労務士   益田 健史さん(姫路市) 
 
                                           2010年1月号に掲載
 健康保険や労災保険などに関する書類を作ったり、給料やボーナスの計算をしたり、会社と働く人との間にトラブルが起きないように規則を作ったり。「社会保険労務士」は、いわば会社の人事部の代わりをする人。会社から依頼されて、仕事をしています。
 
 大学を卒業して2年間はサラリーマンでした。希望して入ったはずなのに「このままここで私の人生は終わるのか」と疑問を感じ、資格を取ろうと思って勉強を始めました。当時、社会保険労務士はそんなに有名でなく、将来性があると感じて決めました。
 
 受験勉強は嫌いでしたが、この勉強はおもしろかった。ただ、なかなか合格しない。もう自分との闘いです。このままあきらめたらこの先何をやってもだめだろう、意地でもやめるわけにはいかないと思ったんです。無職の期間もありましたが、両親は理解してくれて、黙って食べさせてくれました。本当に感謝しています。
 
 開業してすぐのころは、コミュニケーションの大切さを痛感しました。人に好かれ信頼されなくては次の仕事がありませんから。徐々に人脈が広がり、仕事が増えてくると、自分の力で生活している実感がわいてきました。お客様に感謝されたり認めてもらえると、うれしくてまたがんばろうと思います。
 
 独身のころ、「何のために稼ぐのか」と考えたことがあります。その時の答えは「稼ぐこと自体が働く目的ではない」です。自分のためだけにお金を使うのはつまらない、できれば誰かのために使いたいと思ったんです。今は結婚して子どももいます。私の場合は、「家族を養う」という目的があるからこそ、毎日やりがいを持って働けるのだと思います。

益田人事労務事務所
079(243)1666
わたしのパートナー  電気治療器
 車を運転しているか、パソコンを使っているかという毎日ですから、首と肩の凝りがひどいんです。2日に1回くらいお世話になっています。

  チェッカートレーナー   中川 真理子さん(姫路市) 
 
                                           2009年12月号に掲載
 ヤマダストアーで、レジの教育係をしています。アルバイトやパートさんに指導するのは各店舗のレジ部門チーフで、私はチーフの教育係兼サポート係です。新入社員教育も担当していて、社会人としての心構えやマナーについても指導しますが、基本はレジ。精肉や鮮魚部門の配属になるとしても、早さと正確さ、商品の持ち方やおじぎの角度、言葉遣いなど、徹底的に指導します。
 
 レジの人は、子どもが外で出会う働く大人です。でも「レジの人になりたい」って言う子どもはあまりいないでしょう? 特別な能力は必要じゃなくて、誰にでもできる仕事というイメージがあるのだと思います。でも、実際にやってみて「レジがこんなに難しいとは思わなかった」と言う人は多いんですよ。お店のあらゆる商品がレジを通りますから、レジにいる人はすべての商品を知っていないといけない。それに、お客様と直接応対する場所でもありますから、店の「顔」としての自覚も必要なんです。
 
 究極の理想は、ディズニーランド。お客様に「また来たい」と思って頂けるように、スタッフ一人ひとりのアイデアを生かし、やる気を持って楽しく働ける環境を作ることも、私の仕事だと思っています。
 
 実は、警察官になりたかったんです。今とは全く違う人生を歩んでいたかもしれないと考えることもありますが、この仕事を選んだことは後悔していません。仕事って、やっぱり人間関係が大事じゃないですか。ここはとても良い雰囲気の職場だし、お客様にも育てて頂きました。これまでに築き上げた信頼関係やつながりは、今の私にとって大きな財産なんです。
わたしのパートナー  後輩たち
各店舗のレジ部門スタッフです。彼女たちをサポートするのが私の役目ですが、彼女たちががんばっている姿に刺激を受けて、私の方が成長させてもらっています。


漁師   上田 武司さん(赤穂市)     2009年11月号に掲載
 坂越で、10月から3月まではカキの養殖、それから夏まではいかなご漁、ちりめん漁と続きます。平成12年に仲間と「海の駅しおさい市場」を立ち上げ、その代表も務めています。朝は早いし、漁が終わったら事務仕事が待っている。忙しい毎日です。
 
 女・女・男の末っ子です。遊び相手は多かったけど、プラモデル作りとか、一人で遊ぶのも好きでした。中学2年の時、近所の電器屋さんでパソコンを見つけて、毎日通って眺めて、欲しくてたまらなくて、お年玉や小遣いをコツコツ貯めてたのを一気にはたいて買いました。

 
 
父もおじいちゃんも、ひいおじいちゃんも漁師。でも中学からパソコンをさわっていたし、将来はコンピューター関係の仕事に就こうと大学に進みました。就職試験を受けて、ある日帰省すると、父が「もったいないやろ」と。「漁業」という生活できる基盤がここにあるのに、継がないのはもったいないと言うんです。土地柄も大きかった。昔からの漁師町なので、仕事が漁師であることに違和感がないんです。それで、何となく家業を継ぎました。2社から内定をもらってたんですけどね。
 
 海の駅は、「若い衆でなんかやろうやないか」という勢いで始めました。ゼロからの出発でしたが、カキむき体験や漁業体験など、毎年多くの方が来られます。当初の目標も達成できたので、次に何をするか考え始めているところです。
 
 漁師は、自分が働いたらそれだけ結果が出る仕事です。自分のやったことがお金や達成感となって直接返ってくる。どんな職業でも同じだと思いますが、それがたぶん働く喜びなんでしょうね。

海の駅しおさい市場  0791(46)8600
わたしのパートナー  坂越湾
大きくてすみません(笑)。子どものころから慣れ親しんだ風景です。やっぱりここがないと、私の仕事は成り立ちませんからね。


プラネタリウム解説員   徳重 哲哉さん(姫路市)    2009年10月号に掲載
 プラネタリウムの投影機を操作してドームに星空を映し出し、解説を行っています。「今夜の星空案内」では夜9時ごろまでの紹介をしますので、その日の日の入り時刻や暦、特別な天文現象がないかもチェックします。また、自動演出番組の企画や、プラネタリウムCDコンサートの選曲・演出もしています。
 
 子どものころは、家にある全20巻の図鑑シリーズをよく眺めていました。理科系、中でも「宇宙」が大好きでした。もちろん外でも遊びましたよ。一般的な男子の遊びは一通りやったと思います。両親に望遠鏡を買ってもらってからは、毎週土曜日になると友だちを連れて夜の公園へ行って、天体観測をしていました。通りがかりの焼き芋屋さんに土星を見せてあげて、焼き芋をもらったこともあります。良い時代でしたね。
 
 天文だけを専門に学べる大学は少ないので、教員養成課程に進みました。天文関係の就職先も多くないので、卒業してすぐに正職員になれたのはラッキーでした。今年で17年目になりますが、毎日楽しく仕事をさせてもらっています。文句なしです。
 
 本物の星空を見てもらうきっかけになればと願いながら、プラネタリウムの解説をしています。大人の方には、星空をのんびり見上げるゆとりを持ってほしいし、子どもには星空を通して宇宙や自然にも目を向けてほしい。投影が終わって、子どもから「おもしろかった」「ありがとう」と言ってもらえると本当にうれしいです。
 
 一緒に感動できるのが星空の魅力。年を取って仕事を辞めたとしても、近所の人たちを集めて星の紹介をしているような気もします。やっぱり星が好きなんですね。

姫路科学館  079(267)3001
わたしのパートナー  ペンライト
度忘れした時にちらっと原稿を見たり、機械のチェックをしたり。白い光だと強過ぎて投影のじゃまになるので、手作りの赤いカバーを付けています。


画 家   久保田 裕美さん(加古川市)   2009年9月号に掲載
 高砂市の高校で美術の非常勤講師を務めながら、水彩画を描いたり、会場に飾るオブジェを作ったり、壁画を描いたりしています。NHKや新聞の取材を受けたことで、最近は壁画の制作依頼が多くなりました。大学院を出て3年目。「画家です!」と言い切るのもおこがましいような気がして、名刺には「画家?」と肩書きを付けています。
 
 両親が共働きだったので、小さいころは祖母と一緒に家にいて、いつも広告の裏に絵を描いて遊んでいました。幼稚園でお絵描きをすると、友だちが私の絵の真似をする。それが「もしかして私、上手なのかも」と感じた最初の記憶です。漫画も大好きで、2人の兄のマガジンやジャンプ、母の好きな手塚治虫、ドラえもんやサザエさんもよく読みました。絵を描く仕事がしたいと思っていましたが、何せ子どもですから、絵を描く仕事イコール漫画家。将来は漫画家になろうと思っていました。
 
 漫画家にはなっていませんが、絵を描く仕事をするという夢はかないました。壁画は20件目に取り組んでいるところで、年に1回は個展も開いています。個展のサブタイトルは「生!!ドローイング」。会場の壁にびっしりと張った模造紙に、会期中ひたすら描き続けています。
 
 私の世界観を表現しているけれども、独り善がりではない絵。見た人の心の根っこに触れたり、その人の視野が広がるような絵。そんな絵を描き続けたいなぁと思います。きちんと就職しなかったことを反省する時もありますが、やっぱり、今やりたいことを後回しにはしたくない。知識や技術をもっと身に付けて、やれるところまでやってやろうと思っています。

090(6672)992
わたしのパートナー  ヒマツブ誌
日常に起こるネタを書き留めておくノートです。大学1回生の秋から描いていて、もうすぐ48巻目。今は実家にいますので、家族ネタ、特に母がよく登場しますね。


ガラス作家   川原 有造さん(上郡町)   2009年8月号に掲載
 5年前に工房「Glass Studio 刻(とき)」を開きました。個展のための作品制作や、依頼制作、体験や教室も行っています。高温で水あめのように溶かしたガラスを吹き竿に巻き取って、宙吹きという技法で花器や鉢、小皿などを作るのですが、ガラスは800℃にもなりますから冬でも汗だくになるし、形を整える時は一瞬一瞬が勝負。思い通りの色やラインが出るとうれしいですね。
 
 建築の専門学校を卒業して働いていたころ、イタリア建築を訪ねるツアーに出かけ、たまたま旅程に入っていたベネチアで吹きガラスの実演を見たんです。作業していたのは普通のおじさんでしたが、動きがものすごくかっこ良かった。軟らかいガラスを形にしていく様子はまるで瞬間芸を見ているようで、感動のあまり住み着きたいと思ったほど。帰って来てガラス工房を探していると、師となる赤澤清和さんがたまたまテレビ出演されていて、迷わずテレビ局に問い合わせました。
 
 赤澤さんに弟子入りしたのち、播磨町のガラス工房でインストラクターとして働き、結婚と同時に独立。今は子どもも2人いて家族を支える責任は感じますが、働いているという感覚はあまりないですね。「仕事」と思ってしまうと良い作品が生まれないような気がするんです。
 
 公募展に出す作品を作る時は一人で集中しますが、普段は見学大歓迎です。作品ももちろん見てほしいですが、作る過程を見て「おおーっ」と言ってもらうのが気持ち良い(笑)。若いころはバイクレーサーやバーテンダーにもあこがれたので、根っからのエンターテイナーなのかもしれないですね。

0791(52)1830 
http://www.geocities.jp/glassstudiotoki/
わたしのパートナー  ジャック
大きなピンセットみたいですが、ガラスの形を作っていく道具です。くくりを入れたり、コップの飲み口を広げたりと、どんな作品にも使います。


学研教室の先生   片山 咲子さん(姫路市)   2009年7月号に掲載
 学校の授業、宿題、家族の手伝い。それ以外で学習を補うのが学研教室です。進学塾ではないので教科書に沿った内容が基本ですが、さらに進めたい子には発展的な学習を用意します。今は幼児から小学生が通ってきています。
 
 私には3人の子どもがいるのですが、上の子が小学校に入る時、ひらがなくらいは書けた方がいいかなと、ワークブックを買って来て一緒に勉強を始めました。そのうち、もっと子どもが自発的に学べないかと、カードなどの教材を作り始めたんです。絵や工作は得意なので、お母さん友だちに「こんなアイデアどうやって思いつくの?」とびっくりされるほどでした。いろいろな本や新聞記事で子どもの学習について知るうちに、たまたま学研の先生の募集を知り、事務局に問い合わせました。教材の良さや理念に引かれ、開室したのが1年前です。
 
 私自身は「賢くなくちゃ!」とものすごくがんばる子どもでした。試験勉強でも、自分で決めた予定を完璧にこなさないと気が済まなくて、母に「遅いから寝なさい」と言われると「寝れるんやったら寝たいわ!」と言い返していたほど。「あなたはあなたで大丈夫」と自分にも人にも言えるようになったのは大人になってからです。そんな経験も踏まえて、楽しく厳しく、子どもたち一人ひとりの内面を深く見つめて指導していきたいと思っています。
 
 「片山さんちの奥さん」「○○ちゃんのお母さん」だけじゃ嫌だから「学研の先生」をしているのかなとも思います。私の中にいろんなパーツを置いて、それらが重なり合う部分が「片山咲子」である、そういう生き方を、子どもに見せたいんです。

てらこやはな咲教室   079(284)2592
わたしのパートナー  歌曲集
月に1回、声楽のレッスンを受けています。「先生」として教える立場にいるからには「生徒」の気持ちを忘れてはいけないと思うんです。


建築士    浅見 武大さん(姫路市)     2009年6月号に掲載
 「ノー・リクワイアード」という事務所で、一級建築士として主に家の設計を手がけています。お客様の家族構成や将来設計、どのように暮らしたいかなどの要望を聞き取り、家を建てる場所を訪ねて太陽の動きや風の通り具合、近隣の様子を見ます。家は目に見える「建物」ですが、空間とか住み心地の良さを考えると「イメージ」に近いものだと思うんです。イメージを表現するために必要なのは、私の場合は手の感覚。手書きでおおまかな図面プランをいくつか作り、お客様に形やレイアウトを説明します。図面が決まると「CAD」というシステムを使って仕上げ、提示された予算内で収まれば着工。工事が始まると状況チェックにも行きます。設計と監理、家が完成してお客様が住み始めるまでが建築士の仕事なんです。
 
 
高校を卒業したら就職しようと決めていましたが、世の中にどんな仕事があるのか、自分に何ができるのかがわからない。実家は自営業でしたが、親に反発する気持ちもあって、就職先は東京で探しました。何度目かの転職先が店舗設計の事務所。白い紙に書いたものができあがる仕事、空間を作る仕事がおもしろくて、きちんと勉強したいと専門の学校で学びました。
 
 この仕事は、手間がかかるし、地味です。理想と、それが建物として敷地内に成り立つかというのは別で、その点ではいつも苦労します。でも、完成した時の喜びは大きいし、そこにお客様が喜んで住んで下さるのがうれしい。転職したり迷った時期もありましたが、最終的に好きなことに巡り合えて、それを仕事にできたのは、私にとって幸せだったんだなと思います。

姫路市広畑区東新町2-7  079(237)1222
わたしのパートナー  平行定規と三角定規
最初は手書きですので、鉛筆と、これらの定規は必需品。建築士免許の試験に持ち込むために買ったもので、15年ほど使っています。


畳職人    布袋 昌吾さん(赤穂市)     2009年5月号に掲載
 「ほてい畳店」の三代目です。新築の部屋に入れる畳を作ったり、畳の張り替えをします。張り替えは、家へおじゃまして古い畳を持ち帰り、畳床から表を外し、ゆがみを整えて新しい表を張り、縁を付けて完成です。部屋に入れて、もし5oでもすき間ができればやり直し。だからぴったりと納まるとものすごく気持ちが良いです。

 高校生のころから手伝わされていましたが、同級生の女子に見られると恥ずかしい年頃でしょ。ほんまに嫌でしたよ。大学を卒業して2年くらいは、いろいろな仕事をしたり外国に行ったり、漠然と「畳」じゃない何かを探していました。でも、結局見つからなかった。継ぐ意志をしっかり持って、赤穂に帰って来ました。一通りの仕事を覚えるのに5年はかかりましたね。


 
今では畳を担いでいても体の一部のようで、意識しなくても障害物をよけられます。重いものだと40sもありますから、真夏の暑い日や、3階や4階まで担いで上がる時はきついですけど、お客さんに喜んでもらえるとうれしいし、やりがいを感じます。畳は10年から15年は持ちますので、祖父が張った畳を替えることもあります。そんな時は「おじいちゃん、ええ仕事したんやな」と思います。その家に合わせて作るものですから、一生懸命にやって、「ほていさんに頼んで良かった」と信用してもらえないと、私の仕事は続きません。

 「はた」を「楽」にするのが「働く」。つい先日、そんな話を聞きました。なるほどなぁと思いましたね。お客さんに喜んでもらうために、家族の生活を守るために、私は働いているのだと思います。
わたしのパートナー  手鈎
敷いてある畳に刺して、引っかけて持ち上げる道具です。持って行く時にも持って帰る時にも必要ですから、いつもトラックに3本くらい積んでいます。



歌舞伎役者    中村 和歌若さん(西脇市)      2009年4月号に掲載
 歌舞伎といえば東京や大阪の「大歌舞伎」が一般的ですが、地方には地方の歌舞伎があります。私は「播州歌舞伎」の役者。父が座長を務める「嵐獅山一座」で3歳の時から舞台に上がっていました。今は主に、多可町の中町北小学校と中央公民館の「播州歌舞伎クラブ」で指導をしています。
 
 いわゆる旅回りの一座でしたから、小学校は2〜3日ごとに転校です。学校に行っても本番がありますから午前中で早退。友だちなんて一人もできません。子役が4〜5人いましたが、一緒に遊ぶというより、役の取り合いです。「誰よりもいい演技をせなつまらん」と思い、けいこの毎日でした。歌舞伎が嫌になったこともありますよ。映画の、ぱっぱっと話すセリフが格好良くて日活に行ったこともあります。すぐにばれて「歌舞伎役者はひのき舞台の上で芝居するもんや。(映画みたいに)土の上でするもんやない」と怒られました。
 
 播州歌舞伎を一言で表すなら「クサい芝居」。大歌舞伎にはない独特の演出やセリフ回しで、本来のストーリーを外さずに、ベタな芝居に持っていきます。斬られても、お客さんから「がんばれー」と声がかかると生き返る。そしたら「ようやった!」とまた声がかかる(笑)。お客さんに喜んでもらえるよう力いっぱいやって、「和歌若、また来てくれ」「和歌若、この役やってくれ」と言われるのが何よりうれしかった。
 
 生粋の播州歌舞伎役者は、今では私一人になりました。何十年もかかって先輩から学んだことを、たとえ一つでも二つでも子どもたちに伝えたい。播州歌舞伎を幻にしたくないんです。子どもたちの舞台に、座る位置などをガイドする影となって出ています。
わたしのパートナー  黒子の衣装
いつかはきれいな衣装を着けて、ゲストで出てやろうと思ってるんですけどね。


●子ども服屋店長 2009年3月に掲載 ●救急救命士 2009年2月に掲載
●研究員 2009年1月に掲載 ●新聞記者 2008年12月に掲載
●コレペティトゥア 2008年11月に掲載 ●コーヒーインストラクター 2008年10月に掲載
●訪問看護師 2008年9月に掲載 ●花火師 2008年8月に掲載
●ラムネ職人 2008年7月に掲載 ●バトラー 2008年6月に掲載
●音楽家 2008年5月に掲載 ●映画配給 2008年4月に掲載
●パティシエ 2008年3月に掲載 ●僧侶 2008年2月に掲載
●和菓子職人 2008年1月に掲載 ●能楽師 2007年12月に掲載
●警察犬訓練士 2007年11月に掲載 ●雑貨店店主 2007年10月に掲載
●トリマー 2007年9月に掲載 ●ラジオパーソナリティー 2007年8月に掲載
●レンジャー 2007年7月に掲載 ●フローリスト 2007年6月に掲載
●文学館学芸員 2007年5月に掲載 ●ジュエラー 2007年4月に掲載


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