| 播磨の地名あれこれトップ 「伊保((いほ)」 高砂市伊保
(2008年6月号に掲載) 法華山谷川の下流、高砂市役所の対岸に伊保・伊保東・伊保港町・伊保崎・伊保崎南の地名が並んでいる。 もともとは伊保崎・今市・梅井・中島・中筋を併せて伊保町だったが、近年の住居表示による変更での分離で、次々と生まれた新しい呼び名だ。 奈良時代の『播磨国風土記』に石の宝殿で知られる生石神社の西隣にそびえる「伊保(美保)」山の名が見える。同時代の天平19年(747)の資料には、同市荒井町小松原を比定地とする「伊保東松原」がある。同市曽根町の塩田遺跡からは「伊保田司」とヘラ書きした墨書土器やすずりが出土している。鎌倉時代の嘉元3年(1305)の文書には、もとの伊保町から同市阿弥陀町、曽根町に広がる地域が「伊保荘」と記されている。 「伊保」の地名は古くから用いられ、広い範囲にわたっているのだが、語源を考えると、「いほ」は高所、突き出た所、水が噴出する湿地などの意味がある。「みほ」では、先端がとがって突き出た所、先端が分かれている地などの意味になる。これらから、古代の伊保山周辺での地形から命名されたのではと推測できる。 現在の伊保は、市役所の南を山陽電車が走り、伊保駅を中心に住宅や商店が密集している。
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